あぁ長良川、長良川。

30代始まりと共に経験、技術無しサラリーマンの現状を垂れ流します。

お城探訪【上原城】

お城に行きたい。

 

そんな気持ちでいたら韮崎の新府城に行った後に、これ上原城も行ける距離だなと思い電車に乗って最寄駅である茅野駅へ降り立った。

 

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茅野駅には登山客が多くいた。

近くに登山する山があるらしい。

 

これから向かう上原城も地図を見ると山っちゃ山だ。

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新府城へも1時間、城を見廻り1時間掛けておりかなり体力的に厳しい状態だが、行ける時に行けをモットーに行く事にした。

 

麓から直線距離なら近く感じるが、かなりの急勾配な為、地図通りの道で行く。

 

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とにかく坂道がキツかった。

はぁはぁ言いながら、車道だが3台くらいしかすれ違わないほぼ人がいない山道を歩く。

 

※ちな、上原城は信濃国諏訪郡一帯を治る諏訪氏の居城。古くから代々諏訪上社の大祝を務めていた神職であると同時に武士でもあった。

 

1466年頃に諏訪信満により築城されたとされ、この頃諏訪一族は家督争い真っ最中で、下社の大祝であった金刺氏と対立して苦境にあった為に、堅固な上原城を居城としたという。

 

1542年、甲斐国の武田晴信が信濃侵攻で高遠頼継と共に諏訪頼重を滅ぼし武田家の領国となる。

武田氏の統治下では譜代家老の板垣信方が郡代として赴任。

 

1582年の織田・徳川連合軍による武田領侵攻によって武田家が滅亡すると上原城も廃城となる。

その後江戸時代に、諏訪高島城が築城されこの地方の統治拠点がそちらに移行した。

 

やっと着いた。

上原城よ。

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往時は柵などあったのだろうが、かなり細い道になっていた。
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主郭部分には神社があり、鳥居からの眺めは茅野の街を見渡せる絶景。
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鳥居の先に下りの小道があり、ほぼ直角に下山が出来たがかなり急勾配で枯葉が多く滑る滑る。

杖とかあったほうが安全だ。

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上原城の真下には上原氏館跡があり、通常時はこちらの館で生活していたと思われる。

現在はほぼ何もない。

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もはや足ぱんぱんの膝ガクガクだった為、よろめきながら茅野駅へと退散した。

 

登るの大変だけど、コンパクトでサクッと見られる感じだった。

ええんやで、こういうので。

 

お城探訪【新府城】

お城に行きたい。

 

そう思ったら特急あずさに乗って、気付いたら韮崎に着いていた。

 

山梨県韮崎市。

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歴史に興味がない人には「何があるねん韮崎!!」と吠えられるだろうが、歴史に興味がある人には、あぁあの韮崎ですか。

 

となるのではないのか。

 

武田勝頼公が祖父信虎が開き、父信玄が発展させた甲府躑躅ヶ崎館という本拠地から、韮崎の地に新たな本拠地として築いた新府城がある場所なのだ。

 

新府城は七里岩の高低差130mもの断崖を巧みに利用して築城されており、佐久、諏訪、駿河方面の水陸交通の結節点であり情報を入手し易い場所も当地に築かれた理由の一つと考えられる。

 

勝頼さん実は武田家で1番版図を広くした人でもあって滅亡したから過小評価されているが、家康と長年争ってもいる、織田信長や上杉謙信が「若いが侮れない人物」と評しており、かなり優秀な人だと再評価されてきている。

 

そんな彼が、新たに新府城を作るにあたり城普請を任されたのは、あの真田昌幸なのだ。

 

上田城で寡兵ながら2度も徳川軍を打ち負かした彼が作った城とは。

一度は観ないと、訪れないと行けないと思った次第だ。

 

韮崎から新府城は歩いて1時間弱あった。

まあまあ遠い。

韮崎駅から穴山駅くらいまで七里岩という台地になっており、韮崎駅を降りてから直ぐに急な坂を登った。

 

途中に韮崎市民族資料館があり立ち寄る。

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入館無料は無料。

 

資料館の中には新府城のジオラマがあり、新府城に行く前に見ておきたい。

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資料館を出ると遠く南側に富士山が見える。

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そして更に歩いてゆく。

 

辿り着いた。

南側の大手丸馬出しと三日月堀がある方面から

全体の写真は撮り忘れてしまったが、資料館で手に入れたマップを見てみる。

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この丸馬出しと三日月堀は、新府城の見所の一つでしっかりと整備されており見応えがあった。

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その後、本丸へ

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二の丸へ

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井戸

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乾門枡形虎口へと出た。

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当日は曇り空で風も強かった。

北側から新府城跡を見上げると、灰色の空と相まって寂しさを感じた。

 

新府城へ入城した勝頼公だが、3ヶ月で城を放棄しなければならなくなった。

満を辞して甲府から新都として新府城へ移った矢先の話だ。

 

織田軍と徳川軍、更に北条軍が一挙に攻めて来た。

武田家の親族衆でもある木曾義昌が裏切ったのを皮切りにほぼ抵抗らしい抵抗が無いまま、伊那の高遠城へ押し寄せて勝頼公の弟である、仁科盛信が唯一武田家の意地をみせて徹底抗戦も1日で落城。

 

あの戦国最強を謳われた武田軍がこれほどまでに脆く崩れさる報告を聞いて勝頼公はどう思ったのか。

 

そう考えると胸が苦しくなる。

必死に父信玄に劣らぬように、家臣達に見放されないよう版図を広げていたのだろうと。

 

こんなにセンチメンタルな気持ちになるお城探訪は初めてかもしれない。

 

改めて、新都として築かれた新府城を実際に歩くことで勝頼公がどんな気持ちでここに居たのか思いを馳せることが出来た。

 

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韮崎また

 

 

 

お城探訪【春日山城】

お城に行きたい。

 

新潟出張で次の日休みだったので、取り敢えず仕事が終わった後、新潟で一泊することにした。

 

一夜明けて、外を見る。

ちょっと晴れてるな、

予報では、昼頃から雨又は雪予報。

 

ちょっとお腹痛いし、寒いし、迷った。

でも、今行かなかったら今年は行かなくなるだろう。

 

そう堂々廻りをした時に、行ける時に行けと言う言葉を思い出す。

 

身体が動く内に行けと。

 

だから、行くことにした。

 

場所は

春日山城

 

あの戦国最強の一人である。

 

上杉謙信公の城だ

 

武田信玄と幾度も合戦し、塩を送り、信玄が死ぬ時、息子に困ったら謙信に頼れとまで言われた。

 

第一義の武将である。

 

年末に天地人の小説を読んだ事もあり、是非とも行きたいと思っていた。

 

上越妙高駅から春日山駅まで行き、歩いて15分程の距離で春日山城まで行ける。

 

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遠目に見える春日山城。

こう見るとそんなに高くはない。

 

春日山城の麓に総構えがあり、その一部が上杉家が移封した後に入封した堀氏の家臣、堀直政の屋敷があったとされる場所へ行った。

 

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ここは水堀も土塁もしっかりと整備されていた。

鷺がクソを出しているのも目撃した。

 

ここをチラッと周り、春日神社へ

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そして林泉寺へ

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謙信が幼少期に文武を学んだ寺との事。

この奥に謙信公のお墓もある。

 

門前までしか行けなかったが、冬という事もあり空気が澄んで凛としていた。門前の端に水が流れており水の音、木々のざわめきの音。

ここが神聖な場所だと分かる空気感で、行けて良かったと思えた。

 

本命の春日山城に至るまでに、ちっさい謙信くんが至る所にいた。

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カワユイである。

 

その後、大本命の春日山城へ登る。

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山には雪が残っており、少し心配しながら登る。

城自体は石垣はなく、土塁や空堀主体のお城との事で、すごい足場がぬかるんでいた。

 

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頂上付近からは、直江津や頸城平野が一望でき絶景。

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千貫門→虎口→直江屋敷→お花畑→毘沙門堂→護摩堂→本丸→天守台→大井戸→景勝屋敷→柿崎屋敷→南三の丸→大手道の順で巡った。

 

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下城して、少し行くと埋蔵文化財センターがありここに春日山城の展示がしてある。

中に入るとおもてなし武将隊の姫がおり、施設の案内をしてくれた。

スーツで登城したので、ズボンに泥がはね、革靴も泥だらけと絶対に登城に適していない格好で恥ずかしかった。

 

春日山城へ行ったか聞かれたので、

「行きました!キツかったです!」

と答えたら

「他の城好きの方は、春日山城はまだ軽い方と言われますけどもね」

と笑顔で返答があり、危うくブチ切れそうになったが、ここは何とか我慢して

「いゃ〜身体がなまっちゃってますね。日頃から動かないとなぁ〜!」

と軽やかにいなした。

 

それにしても、この場所から出陣して度々関東、信州、北陸方面へ謙信公が各方面を震え上がらせていたのを考えると、感慨深い。

 

そして、小説で度々出てくる毘沙門堂や護摩堂。

ここで瞑想などをしていたのかと考える程、ゆっくりはしていられなかった(登ってる途中で雪が降ってきたので、先を急がぬばと必死)が、次読む小説で出てきた時により、想像しやすく、没入感が上がる。

 

だから、城へ行くことはやめられないし、より次の城へ行きたいと思える。

 

謙信が亡くなった後に、後継者を決めていなかった事でこの後、御館の乱が発生する。

上杉家を、越後を二分する争いで謙信時代の勢いが削られ乱を制した景勝は窮地に立たされるが、家臣の直江兼続に寄ってどうにか立て直すという流れ。

 

天地人を見たので、新潟の直峰城や与板城も行きたい城だ。

 

ちな、泊まったホテル前に釜蓋遺跡がありここからのバックの山、とてもええ景色だった。

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もうほぼエヴァじゃねーか【ガンダムジークアクス】

映画を観に行った。

 

それは、ガンダムジークアクスだ。

 

初めに声を大にしてまず言わせてほしい。

 

ほぼエヴァじゃねーか!!

 

これに尽きる。

 

※ネタバレあるよ。

今回エヴァンゲリオンのスタジオカラーとサンライズが組んでアニメを制作しており、アニメ放送前にエピソードゼロ的を上映した訳だ。

 

事前に知ってはいたんだが、ここまでエヴァやないか!ってガンダムってエヴァにもなれるのかぁー、と感心もした。

主人公が女の子で、前作の水星の魔女と同じ系統だろうとは思ってたが。

 

しかし、ファーストガンダム好きな自分としてはちょっと革新的過ぎて、なんというか、えぇぇってちょっとがっかりした部分もあった。

 

そんな気持ちを箇条書きで整理してみようと思う。

 

  1. ガンダムがエヴァ過ぎて、ガンダムが入ってこない。→ガンダムのフォルムがエヴァで、動きがエヴァという。
  2. ザクもアックスもかっこいい。→ファーストのザクにはない武装とバックパックが付いている。普通のザクでもケンプファーの様な形。またアックスもガンダムなのにヒートホーク使っており良い。
  3. シャアの声が違う→今回のアニメでは今までの声優さんとは別の方がシャアをやられており、慣れていない事もあってちょっと違和感が出てしまった。
  4. 一年戦争のパラレルワールド→ネタバレになるから言わないが、一年戦争の結末が違っている。
  5. シャリアブルかっこよ→イケおじである。
  6. やっぱりガンダムで決闘ものはちょっと→前作も学園での決闘でMSを使用する話だったが、今回も賞金稼ぎの決闘の話の様だ。
  7. 主人公マチュとにゃあんの抱きつくシーンが狙ってるとしか思えない。→ガンダムも昨今のニーズと言うか風潮を捉えて、また新しいファンを増やすためにもこの形にしているのか。漢くせぇえガンダムが好きな自分としてはちょっと物足りない。
  8. 戦闘の描写は良い。→さすがスタジオカラーと言うべきか戦闘シーンは惹きつけられる動きの描写が見ていてワクワクがあってよかった。
  9. 赤ガンダムにクソデカビット6個→ガンダムにあんなクソでかいビット付けてええんか?ってくらいデカい。あれはあれで男臭くて良い。
  10. 匂いクンクン丸どうなっとんねん。→セクハラや。
  11. アムロどこ行ったんや!→パラレルワールドだからアムロの出番なくなってしまって。一年戦争から入ってるからどうしても登場を期待してしまった。

 

大雑把に感想を書き出させて頂いた。

ちょっと映画館に行ってみに行った割にはそこまでうおおおおおおお!!ってテンションは上がりませんでした。

 

アニメもやる様なので、そちらも拝見させて頂こう。

 

お城EXPO2024へオラは行ぐ

12月22日、オラはお城EXPO2024へ向かっていた。

 

会場は昨年同様パシフィコ横浜だ。

最寄りが「みなとみらい」になる、日曜日という事もありカップルや家族連れが多い。

 

そんな人々を見ながらオラは颯爽と駅改札からパシフィコ横浜へ歩き出す。

 

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到着した。

昨年来た事もあり、もう迷いはしない。

 

会場は今年も、岐阜勢が多くおり心強かった。

安定である。

 

昨年と同じブースも多く若干ワクワク感は減ったが、初めて見るブースやここ一年で発掘調査などで新たに詳細がわかった城の情報などが出ていた。

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昨今の城ブームで、山林に埋もれていた山城などの整備がされてきている城もあり楽しみの一つになりそうだ。

 

そんな情報を見ながら、1番のお目当てである戎光祥出版の物販で書籍を購入。

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定価の2割引きだから嬉しい。

マイナー武将の藤田信吉と小弓公方、こういうマイナー武将の本は中々ないのでとても知りたい。

 

そして、丁度時間で掛川城、高天神城、横須賀城の講習があり話を拝聴。

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掛川城行くなら、高天神城、横須賀城もセットで見たくなる。

今川、徳川、武田が取り合ったこの3城は時代背景を想いながら回るときっと良い散策になる。

 

昼は会場の横にある別ホールで昼食スペースが広く取られており、崎陽軒のシュウマイ弁当を買って食べた。

 

筍の甘辛煮が美味い。

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一年に一回あるお城EXPO、帰りがけにチラッと海も見て満足出来るイベントだ。

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お城探訪【菅谷館】

そうだお城に行こう。

 

今回訪れたお城はこちら

 

菅谷館跡

 

晴天に恵まれた今日、紅葉も楽しめるかもしれないと思い菅谷館へ赴く事に決めた。

 

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去年ぶりの武蔵嵐山駅に降り立つ。

 

久しぶりだぜ、嵐山

 

駅から菅谷館跡へは徒歩15分ほど。

 

国道254号沿いに彼はどっしりと鎮座していた。


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どのくらいどっしりかというと約13万m2に及ぶ広大な面積をようする戦国時代の複郭式の平城になる。

(もっとわかりやすく言うと東京ドーム3個分)

 

僕は菅谷館跡はどのようなものなのか、詳しく知るために嵐山史跡の博物館へ取材を行った。

 

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中へ入ると、早速この館の主人である畠山重忠公が施設の案内をしてくれた。

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ちょっと艶かしい顔の重忠公は、昨年の大河ドラマ鎌倉殿の13人でも登場した人物。イケメン俳優の中川大志さんが演じていた。

ちな、1164年に畠山重能の次男として生まれ、1187年に菅谷館に移り住んだらしい。

重忠公は源頼朝に付いて宇治川の合戦、一の谷合戦、奥州合戦などで功績をあげた有力な鎌倉御家人だったがら1205年に北条氏の策略により二俣川で42年の生涯を終えた。

大河ドラマでも天晴れな最期だった。

※嵐山史跡の博物館の案内より

 

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僕は博物館を後に、館跡内部へと進んでいく。

 

 

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全体はこんな感じで、博物館が立っているのが三ノ廓で1番大きい郭になる。

西ノ廓へ繋がる堀には木橋が掛かっていたよで、復元されていた。

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ニノ郭には畠山重忠公の像もある。

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ニノ郭と本郭の間の堀は土塁も合わせると2、3メートルあると思われる。その一部に出枡形土塁があり本郭へ侵入する敵に横矢を掛けられる構造になっている。

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ニノ郭から南郭へ移動したが、本郭と南郭も更に高低差があった。

南郭の更に下には現在ホタルの里があり、昔もおそらく沼沢になっており、その更に南を流れている都幾川と天然の水堀として機能していただろう。

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都幾川沿いには桜が植えられており春には綺麗に桜並木が見れるだろうと思われる。

 

個人的にこの景色がとても良かった。

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もっと歩きたいと思わせる風景だった。

センチな気持ちを抑えて、本郭へ進む。

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本郭もかなり広く、流石東京ドーム3個分、ぐるっと回るのは厳しい。

でも、平城ってええよなぁっと思う。

ここまででかなり歩いたことにより、1週間前から痛めていた足を更に痛める。

 

しかし、昼飯をとっていない状態で既に1時半になっていた。

まずいぞ!ご飯を食べる場所がない。でももう1箇所くらい観光名所を回りたい。

そんな思いで地図アプリで周りを見渡すと、、、

 

嵐山渓谷、

なる場所が、折しも紅葉もみたいなわっと思って来ていたので、次の目的地とした。

途中のファミマで昼飯を調達し、現場へ急ぐ。

 

30分程歩くと

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あらっ、かわいい。

などと思いつつ進むと、車一台分しか通れない山道が、

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そこを通ると、月川荘キャンプ場が。

この先、入場料300円。

くっ途中歩きの人居なかったのはそういうことか。

川の近くで、コンビニ飯を食べようと思っていた為、やむなくお金を払い入場。

 

当然他の利用者は車で来ており、バーベキューなどを楽しんでいた。

その中に1人で、歩きで、コンビニ飯を河原の隅で一人座りながら食べた。

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紅葉はそんな凄くきているという感じではなかったが、川のせせらぎに耳を傾けながらコンビニ飯を食べるのも一興だろう。

 

ものの30分程滞在してキャンプ場を後にした。

 

菅谷館跡の周辺には城跡が沢山あり、まだ行けていない場所がある。

 

またこの季節にお散歩史跡巡りを敢行したいものだ。

 

 

秋っていうのは本を買って散歩をする季節なんだ

どうもこんにちは僕です。

 

本日は2024年神保町ブックフェスティバルへ行った。

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本がお得に買える為、2日開催されているこの期間中に本好きが群がる。

 

自分は歴史関連の本を出版されている戎光祥出版さん目当てに、そこだけを目指して訪問した。

 

戎光祥出版さんのXでのブックフェスティバル設営準備完了投稿が無ければ危うく見逃していただろう。

 

欲しかった本は無かったが、2冊購入出来た。

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北条早雲を苦しめた三浦道寸と、室町幕府将軍達。

室町の将軍たちは最初と最後の方は有名だが間の方達は良く知らない。

 

この有名どころの好敵手の人や、間の人達の事績を知るのも楽しみじゃないか。

 

2冊をバックに詰めて、会場を後にする。

所要時間30分程。

 

その後は、曇り空の良い天気だった為、散歩をしようと神保町から護国寺まで歩いた。

 

途中、なか卯でホロチキ親子重を昼食で頂く。

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チキンは、箸でちょっとつつくだけでほぐれて美味しかった。

これもXで流れていた情報だ。

 

後はそのまま歩き続け、護国寺到着。

歩いたからかインナー汗べちゃで不快指数高めになった。

 

これから冬場にかけて、お散歩したいのでここは一念発起してmont-bellのインナーを買うしかないとその場で思い立ち長袖、半袖を購入。

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2つで7,000円だ。高い。

今まではUNIQLOのうっすいエアリーブ的なインナー着てたけど、一回試してみようと思う。

 

次のお城散歩でも活用していきたい。

 

あと真夏は居なかったけど、今すごく蚊が発生してるし、台風も2つ発生してるし、暑いね。